東京地方裁判所 平成10年(レ)382号 判決 1999年8月25日
控訴人(原審被告) Y
右訴訟代理人弁護士 齋藤明
被控訴人(原審原告) 三洋電機クレジット株式会社
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人支配人 B
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二事案の概要
本件は、被控訴人が多摩日石株式会社(以下「多摩日石」という。)に対して有するリース料債権について控訴人が連帯保証したとして、被控訴人が控訴人に対して、右リース料残金の支払を求めたところ、控訴人が、既に破産宣告を受け、免責決定も確定しているので、右リース料債権にもその効力が及ぶ旨主張して、これを争ったのに対し、被控訴人が、控訴人は右リース料債権を知りながら債権者名簿に記載しなかったので、破産法366条の12第5号本文に該当し、免責の効力は及ばない旨主張している事案である。
一 前提となる事実(証拠を掲記しない部分については争いがない。)
1 被控訴人は、電気製品その他動産のリース業を営む株式会社である。
2 被控訴人は、平成5年9月30日、多摩日石に対し、広告機具1台を、次の約定でリースし、同日引き渡した(甲1の1)。
(一) リース期間 平成5年9月30日から60か月
(二) リース料
(1) 総額 83万4,300円
(2) 支払方法 平成5年11月3日限り、1万3,905円を支払う。
平成5年11月から平成10年9月まで、毎月3日限り1万3,905円あて支払う。
(三) 特約
多摩日石がリース料の支払を1回でも遅滞したときは、期限の利益を失い、リース料残債務全額及びこれに対する年29.2パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
控訴人は、平成5年9月30日、多摩日石の右リース料債務について、連帯保証した(甲1の1)。
3 被控訴人は、平成7年7月3日、多摩日石に対し、広告機具1台を、次の約定でリースし、同日引き渡した(甲1の2)。
(一) リース期間 平成7年7月3日から72か月
(二) リース料
(1) 総額 177万9,840円
(2) 支払方法 平成7年8月3日限り、2万4,720円を支払う。
平成7年8月から平成13年6月まで、毎月3日限り2万4,720円あて支払う。
(三) 特約
多摩日石がリース料の支払を1回でも遅滞したときは、期限の利益を失い、リース料残債務全額及びこれに対する年29.2パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
控訴人は、平成7年7月3日、多摩日石の右リース料債務について、連帯保証した(甲1の2)。
4 多摩日石は、右2及び3の各リース契約に基づくリース料(以下、併せて「本件リース料」という。)について、平成8年10月3日の支払をいずれも遅滞したため、同日をもって期限の利益を喪失した(弁論の全趣旨)。
5 控訴人は、平成9年2月28日、東京地方裁判所八王子支部において破産宣告を受けるとともに、同日、同裁判所に免責の申立てを行い(弁論の全趣旨)、同年9月16日、同裁判所において免責決定を受け(甲5)、同年11月7日、同決定は確定した(弁論の全趣旨)。
6 被控訴人は、平成9年11月25日、右2及び3の広告機具(以下、併せて「本件リース物件」という。)を、取り外し費用を控除した合計額15万円で売却処分し(甲11ないし13)、右売却代金をもって、右2のリース料残債務に3万円、右3のリース料残債務に12万円をそれぞれ充当した。
二 控訴人の主張
1 控訴人は、平成9年4月28日、控訴人に対する免責のための審尋が行われた際、本件リース料残金に関する連帯保証債務(以下「本件保証債務」という。)につき口頭で説明した(破産法366条の20、114条)。
したがって、控訴人は、免責申立後遅滞なく債権者名簿を提出したものといえる。
2 本件リース料の残額は、控訴人による免責申立時はもちろんのこと、控訴人に対する免責決定後においても、未だ確定していなかったのであるから、本件保証債務については、もともと免責申立時に提出する債権者名簿に記載する必要はなかった。なお、控訴人が本件保証債務の額を知ったのは、被控訴人によって本件リース物件の売却処分が行われた後の平成10年1月30日である。
また、破産者が債権者名簿に記載しなかったことにつき不誠実性が認められない場合には、破産法366条の12第5号本文の「知リテ」債権者名簿に記載しなかったものには該当しないと解すべきところ、控訴人は、破産債権者を害する目的で特定の債権者名を秘匿したり、逆に架空の債権者名を記載したりするなどの不誠実性が認定されるような行為は一切していない。
したがって、控訴人は、本件保証債務につき、「知リテ」債権者名簿に記載しなかったものではない。
3 被控訴人は、控訴人が破産宣告を受けたことを熟知していたというべきである。
(右主張に対する被控訴人の反論)
破産申立時及び免責申立時に控訴人が提出した債権者名簿の中に被控訴人についての記載がなかったこと、被控訴人が控訴人の破産、免責について通知を受けていないことから、被控訴人は控訴人の破産宣告を知る由もなかった。
被控訴人は、平成9年9月24日付けの手紙(甲7の1ないし3)を見た際、控訴人の破産ないし免責の事実を初めて知ったにすぎない。
このように、被控訴人は、控訴人が破産宣告を受けたことを知らなかった。
4 被控訴人は、平成8年10月初めころ、多摩日石が倒産すると同時に本件リース物件を引き上げ、同じころ、控訴人は、豊陽興産株式会社に対する右物件の売却交渉を進めていたが、被控訴人は、右物件価格の60パーセント以上でなければ売却を認めないと主張したため、右交渉は決裂した。
ところが、被控訴人は、本件リース物件を合計15万円という、社会通念に反する、著しく不当な価格で売却したものであり、右売却は、権利濫用ないし信義則違反に当たる。
(右主張に対する被控訴人の反論)
多摩日石は、平成8年10月18日ころ、被控訴人に対し、本件リース物件が被控訴人の任意の価格で転売され、その代金が債務の弁済の一部に充当されても異議はない旨の記載がある商品引渡同意書(甲8の1、2)を交付している。また、本件リース物件がかなり古くなっていたこと、特注品のために再販が難しく、売却処分先においても最終的には産業廃棄物として処分されたこと、取り外しに要する費用及び運搬費等を考慮すれば、被控訴人が、社会通念に反して、不当な廉売をしたものとはいえない。
第三当裁判所の判断
一 控訴人の主張1について
免責手続に関する申立て、陳述及び抗告は、書面又は口頭をもってすることができるとされている(破産法366条の20、114条)が、債権者名簿の提出は、そのいずれにも該当しないというべきであり、条文上も、「債権者名簿ヲ提出スルコトヲ要ス」と明示されている(破産法366条の3)。
したがって、債権者名簿の提出を口頭により行うことはできないというべきであり、控訴人の主張1は、独自の見解に基づくものであって、採用することができない。
以上によれば、控訴人がその免責の審尋の際に、被控訴人に対して34万7,625円の債務がある旨を口頭で陳述したとしても、それをもって破産法所定の債権者名簿を提出したものとすることはできない。
また、証明申請書(乙3)中には、控訴人に関する免責事件記録中の債権者一覧表の中に被控訴人の債権についての記載があると記載されているが、原審における調査嘱託の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が免責申立ての際に提出した債権者名簿の中に、被控訴人の債権についての記載はなかったことが認められ、これに反する右証明申請書の記載内容は採用することができない。
よって、控訴人が、免責申立の際ないしその後遅滞なく債権者名簿を提出したと認めることはできない。
二 控訴人の主張2について
1 破産者に対する免責決定が確定して、その効力が生ずると、破産債権については、優劣の順位、債権届出の有無、知れていたか否かに関係なく、免責の効力が及ぶこととされている(破産法366条の12本文)。そのため、破産債権者に異議申立の機会を保障する観点から、破産者に対する免責審尋期日の決定を、破産債権者に対して送達することとされている(破産法366の4第2項、366条の7)。
そして、破産者は、免責の申立と同時に、優劣の順位、届出の有無に関係なく、知れている全ての破産債権者の氏名、住所、債権額及び原因、別除権があるときはその目的及びその行使によって弁済を受けることができない債権額を記載した債権者名簿を提出しなければならず、もし申立と同時に提出することができないときは、申立後遅滞なくこれを提出しなければならないこととされている(破産法366条の3)。
確かに、本件においては、前記第二の一5及び6のとおり、被控訴人が本件リース物件を売却処分する前に控訴人に対する免責決定が確定しており、本件保証債務の額は、控訴人が免責申立をした時点においては最終的に確定していたとはいえない。
しかし、条文上、債権者名簿に記載すべき破産債権の範囲について、最終的な債権額が確定しているもののみに限定されてはいない(破産法366条の3)。また、保証人が破産宣告を受けたときは、主たる債務者につき破産宣告がされているか否かを問わず、債権者はただちにその債権全額(破産宣告時における現存額)をもって破産手続に参加できることとされている(破産法25条)。更に、免責申立をする破産者に債権者名簿の提出を義務付けている趣旨が前記のとおりであることに照らせば、破産債権者の氏名、住所を明記した債権者名簿を提出することが重要であり、債権額についての記載は、最終的な確定債権額ではなく、免責申立時における債権額を記載すれば足りるものというべきである。
以上によれば、免責申立時に破産者が提出すべき債権者名簿には、債権額が確定していない破産債権についても、免責申立時における債権額を記載する必要があるというべきであり、控訴人の主張2は、独自の見解に基づくものであって、採用することができない。
2 また、控訴人は、破産債権者を害する目的で特定の債権者名を秘匿したり、逆に架空の債権者名を記載したりするなどの不誠実性が認められない限り、破産法366条の12第5号本文所定の「知リテ」債権者名簿に記載しなかったものとはいえない旨主張する。
しかし、同号本文において、破産者が知って債権者名簿に記載しなかった請求権について免責の効果が及ばないこととされているのは、債権者名簿に記載されていないと、免責の審尋期日を了知することができないことから、免責に対する異議申立の機会が与えられず、免責に対する防御の機会が奪われてしまうためであると解される。
このような破産法366条の12第5号本文の趣旨に、破産者による虚偽の債権者名簿の提出が免責不許可事由とされていること(破産法366条の9第3号前段)を考え併せれば、単に債権者名の記載を怠った場合であっても破産法366条の12第5号本文に該当するものというべきである。
したがって、控訴人の前記主張は、独自の見解に基づくものであって、採用することができない。
3 そして、<証拠省略>によれば、控訴人は、平成8年12月17日付けで被控訴人を債権者、控訴人を債務者とする控訴人所有の不動産に対する仮差押決定を受け、免責申立前の同月28日、右仮差押決定正本の送達を受けたこと、そして、控訴人は、平成9年8月25日、右仮差押解放金として174万2,760円を供託の上、右不動産を同月26日に任意売却するとともに、同年9月3日、右仮差押決定に基づく執行処分を取り消す旨の決定を得たことが認められる。
これらの事情にかんがみれば、控訴人は、被控訴人に対する本件保証債務を「知リテ」債権者名簿に記載しなかったものというべきである。
三 控訴人の主張3について
<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、控訴人の破産申立時及び免責申立時に提出された債権者名簿に破産債権者として記載されていなかったため、破産申立て及び免責申立てがされたことにつき、何らの通知も受けておらず、被控訴人は、平成9年9月24日付けの手紙(甲7の1ないし3)の記載内容により初めて控訴人に対して破産宣告及び免責決定がされた事実を知るに至ったことが認められる。
したがって、控訴人が破産宣告を受けたことを被控訴人において知っていたとはいえず、控訴人の主張は採用することができない。
四 控訴人の主張4について
<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、平成8年10月ころ、多摩日石から本件リース物件を引き上げ、同じころ、控訴人は、豊陽興産株式会社に対する右物件の売却交渉を進めていたが、金額面で折り合いが付かず、結局売却には至らなかったこと、被控訴人から本件リース物件の売却を受けた株式会社ビジョンにおいても、本件リース物件は特注品であるためなかなか買い手がつかず、最終的には平成10年3月に産業廃棄物として処分されたことが認められる。
こうしたことに、本件リース物件は、使用開始後かなりの年数を経ていたこと、取り外しに要する費用もかかることなどをも考慮すれば、本件リース物件の売却価格合計15万円は、社会通念に反するものとはいえず、被控訴人の処分行為が権利濫用ないし信義則違反に当たるものとはいえない。
よって、控訴人の主張4は採用できない。
第四結論
以上によれば、本件保証債務は、被控訴人が主張するとおり、破産法366条の12第5号本文に該当するというべく、右債務に対して免責の効力は及ばないというべきである。
よって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金井康雄 裁判官 藤田広美 大森直哉)